2004年10月26日 (火)

佐藤琢磨の1年

 今シーズンの開幕前を思い出すと、テストで好タイムを連発し、期待を感じつつも、まさかBARホンダが、これほどまでに良いクルマを投入できているとは思っていなかった。
 琢磨のチームメイトであるバトンは、第2戦のマレーシアGPで3位初表彰台に登ると、以降、計10回も表彰台に登り、あっという間に表彰台の常連となった。

 一方の佐藤琢磨は、結果だけを見ると34ポイントの8位と、85ポイント3位となったバトンに大きく遅れをとっているが、数字からはわからない、大きなインパクトをF1界に与えた。

 極めつけだったのは、ヨーロッパGP。
 予選を自己最高位の2位でスタート。
 3ストップで3位を走行中の琢磨は、2ストップの2位バリチェロを追い、タイヤ交換直後のラップで、一気にオーバーテイクを試みるが、敢え無く接触。
 初表彰台を目前にしながらも、あえてより上を目指し、リスクを負ったオーバーテイクを試みた佐藤琢磨の名は一躍世界に広まった。

 そうでなくても昨今、結果が重視され、若いドライバーもリスクよりも、確実にポイントを得ることに執心する中、琢磨のアグレッシブなスタイルは、非常に大きなインパクトがあったのだろう。

 そしてアメリカGP。
 ついに念願の表彰台に登るが、琢磨の本当の成長はその後。
 ルノーとのコンストラクターズ2位争いが激しくなるにつれて、ポイントの少ない琢磨への批判が集まりかけると、ポイント重視の走りに切り替え、ドイツGP以降は、7戦で6戦完走し、20ポイントを獲得した。


 シーズン中盤、バトンのウィリアムズ移籍問題が勃発し、怪しい空気も流れたが、チームの勢いは留まることはなかった。

 結局、BARの契約が有効との裁定が出て、2005年もバトン、琢磨のコンビでBARは戦うこととなった。
 この1年、大きな成長を見せた二人のドライバーとチーム。
 来年の更なる飛躍が期待される。

2004年10月22日 (金)

フォーミュラ・ニッポン第6戦の裁定覆る

フォーミュラニッポンオフィシャルサイト

裁定が覆ったらしい。
これで第6戦はトレルイエが優勝となり、20ポイント。一気にチャンピオン争いの資格を得た。

一番損をしたのは、繰上げ優勝扱いだった脇阪寿一。
4ポイントを失う計算となり、ランキングもトレルイエと同ポイントの3位。

今週末は、もてぎでのレースというこのタイミングが、また微妙な感じ。

2004年10月11日 (月)

日本GP雑感

 佐藤琢磨は4位入賞。5ポイント獲得。
 コンストラクターズ争いをしているルノーとの差は16ポイントとなり、残すは最終戦のみ。
 課せられた最低限のノルマは果たせたと言ってよいだろう。

 しかし、非常に大きな「残念感」が残る。
 日本GPの記録としても、14年前の鈴木亜久里の3位表彰台に次ぐ記録である。
 4位入賞という記録は、決して「残念」がるような結果ではないはずなのだが・・・と思って、過去の日本GPでの日本人の記録を調べてみた。

 実は、これまでの佐藤琢磨以外の鈴鹿での日本人の入賞記録って、

87年
 中嶋悟(6位:予選11位)
90年
 鈴木亜久里(3位:予選10位)
 中嶋悟(6位:予選14位)

 これしかないのだ。
 予選6位以内という記録も、88年に中嶋悟が予選6位だっただけである。

 改めて書いておくと、佐藤琢磨のデビュー以来の日本GPでの記録は
  02年:5位(予選7位)
  03年:6位(予選13位)
  04年:4位(予選4位)

 既に、過去の日本人F1ドライバー全員の合算をも上回っている。
(そもそも3年連続で完走できていること自体がすごい)
 その中で、4位という結果は、「とりあえず良かった」と言えるのではないだろうかと思うのだけど。

 ちょっと贅沢になりすぎている気がするなぁ。

2004 F1 日本GP決勝

日本GP決勝。

 シューマッハー兄弟が無難にスタートを切る一方、3位のウェバーが大失敗。
 4位・5位の佐藤琢磨、バトンがそれぞれポジションアップ。
 そして1コーナー。

 スタートは、まだ濡れているイン側からスタートする琢磨と、乾いた路面のアウト側からスタートするバトンとの差が表われ(単純なグリップの差だけではなく、スタートシステムとのマッチングも含めてのことだと思われる)、1コーナーへ到達した際には、バトンのほうが半車身ほど前に出ていた。
 アウトから被せられる形で琢磨は、バトンの先行を許してしまう。
 結果からすると、これがバトンとの勝負の分かれ目になってしまったと言っても過言ではないと思う。

 このレース、天候の問題からクルマのセットアップが全く進んでおらず、「日本で結果を残す」ということからも、無難な作戦を取らざるを得なかったというホンダの弁。

 バトンは2ストップ、琢磨は3ストップ。

 2台が異なる戦略をとる事によって、戦略差があったとしても、どちらかは確実に結果を残すことができるということ。

 画面からも、バトンより琢磨のほうが速いことがわかるが、追い抜くまでには至らない。
 7周目、S字でようやくバトンをパス、突き放しにかかるが、1回目のピットストップは12周目。
 ここまでで約5秒しか差をつけられない。

※注釈※
 ピットストップの回数が多いということは、積んでいる燃料が少ないということでもあり、その分、速く走れて当然。その分で1回分のピットストップ作業を行うだけのマージンを稼がなければ、ピットストップの回数を増やす意味がなくなってしまう。

 この1回目のピットストップ後、琢磨のペースが上がらない。
 タイヤ交換直後は良かったものの、その後、燃料が軽くなるに従って上がっていくはずのラップが上がらないようだ。
 より上位を狙うためには、2位を走るラルフ・シューマッハーとの差を詰めていかなければならないところであるが、むしろその差は広がり始めている。

 26周目、2回目のピットイン。
 この後、28周目に自身のファステスト・ラップを記録するのだが、その直後あたりから、オンボード映像には、ヘルメットを押さえながら走る琢磨の姿が映し出される。

 同時に、ドリンクボトルもトラブルがあったようだ。
 ちなみに、このドリンクボトルのトラブルによる影響は、下記のバトンのインタビュー記事から想像して頂きたい。

 以下、Yahoo!F1GP2004特別ページのジェンソン・バトンインタビュー記事からの引用
-------------------------------
―― 1レースがだいたい1時間半ですが、レースが終わると体重は減っていますか?
バトン:
レース中には水分をいっぱい失うんだ。レース後には、いつも2.5kgは減ってしまう。レース前に4〜5リットルの水分を取るんだけど、それでも脱水症状に近くなるものなんだ。
-------------------------------

 3回目のピットストップが近づく頃には、見た目上後続になるバトンはもちろん、その後ろのクルサード、バリチェロにも抜かれることが確実なタイム差になっており、更にその後ろにいるアロンソとのタイム差も危うくなってきていた。

 しかし、38周目にバリチェロとクルサードがシケインで接触。
 両者リタイアとなり、琢磨にとってはラッキーな結果となる。

 41周目、3回目のピットイン。
 これで全てのピット作業が終了し、コースに戻った時点での順位は4位。
 後続アロンソとは5秒以上の差があり、結局、このままゴールを迎える。

 優勝は、スタートから全く危なげなくトップを独走し続けたミハエル・シューマッハー。
 2位には、来年のトヨタ移籍へ向けて、好感触を残した弟のラルフ・シューマッハー。
 3位には、ここが定位置となりつつあるジェンソン・バトン。
 4位には、佐藤琢磨が入り、3年連続日本GPでの入賞を果たした。
 5位は、フェルナンド・アロンソ。ここにきてルノー勢は失速気味。
 6位は、キミ・ライコネン。当人曰く「忘れたいレース」だそうだ。

2004年10月10日 (日)

2004 F1 日本GP予選

 F1日本GP。
 台風22号の影響で、土曜日の全セッションと、全てのサポートレースがキャンセルとなり、予選の1回目、2回目、そして決勝レースを、日曜日に全て行うこととなった。
 スケジュールは下記のとおり。

09:00−09:50 公式予選1回目
10:00−11:00 公式予選2回目
11:45      ドライバーズパレード
12:10−12:55 ヒストリックF1デモ走行
13:15−13:45 スタート進行
14:00      ピットレーンオープン
14:30      決勝スタート(53周)

 予選は路面が徐々に乾いていくコンディションの中行われ、結果として最初に走るもの(要するに先日の中国GPで上位だった人)が不利になってしまった。
 最大の被害者はフェラーリのバリチェロで、結果として予選15位という結果に終わる。

 その一方で利を得たのがシューマッハー兄弟。
 中国GPでは、兄が12位、弟はリタイアに終わっており、結果としてこの予選ではその利を最大限に活かしての兄弟1-2。

 3位には、この難しいコンディションの中、パフォーマンスを見せたマーク・ウェバー。
 そして佐藤琢磨は、シケインの進入でコントロールを失いかけるミスを犯したものの、それでも4位。
 チームメイトのバトンが5位に続いている。

2004年9月27日 (月)

2004 F1 中国GP

初の中国でのF1は、ルーベンス・バリチェロがイタリアに次ぐ2連勝で歴史に名を残した。
2位にはバトン、3位にはライコネンが入り、4位にルノーのアロンソ。
更に佐藤琢磨が6位、ヤルノ・トゥルーリを解雇して獲得したジャック・ビルニューブは11位に終わり、これでホンダvsルノーの争いは、ホンダが8+2の10ポイント。ルノーがアロンソの5ポイントとなり、コンストラクターズ(製造者)ランキング争いでのポイント差を更に突き放した。

それにしても、最初の頃は何かと言われていたティルケ氏設計のサーキットも完成度が高くなってきたなと思わせられる次第。
この上海サーキットも、1コーナーからのつくり、そしてバックストレートと、キチンとレースを考えたつくりになっていますですね。
富士は、大丈夫なのか。。。


さて、今年のF1、残りは鈴鹿とブラジル。
ホンダとルノーのコンストラクターズの争いは、ホンダは、鈴鹿に向けて当然力を入れてくるし(物流上の優位もある)、ブラジルはエンジンサーキットということで、残り2戦はBARホンダ優位かなと思っているが、どうなるか。


さて。これで9月のお休み月間も終了。この後半年くらいは働きまくらねば。
更新頻度も落ちますので、その間、この1ヶ月の長ったらしい文章を、改めて読み直してみて頂けたりすると幸いです。

2004年9月19日 (日)

F1、来期2005シーズンに向けて

 激動中である。
 ヨーロッパラウンドが終わり、かつ今年はチャンピオンも決定しているので、多くのチームは既に来年に向けて動き出している。

 その大きなトリガーとなったのは、ルノー・ヤルノ・トゥルーリの離脱。
 元々、今年一杯でチーム離脱を発表していたが、それと共にチームとの関係が一気に悪化。
 チーム内での扱いも明らかに変化が見られ、9月13日には、今月中に解雇するのではないかとの憶測記事が出る。
 チームはそれを即座に否定するものの、何と2日後の15日に、トゥルーリは正式解雇となる。

 そしてそのトゥルーリの抜けた穴に入ってきたのが、1997年のワールドチャンピオンであり、伝説のドライバー、ジル・ビルニューブの息子である、ジャック・ビルニューブである。

 ビルニューブは、トゥルーリが解雇となった15日に、ザウバーチームとの契約を発表。
 と同時に、この15日から行われるルノーのテストの参加するとのこと。
 タイミングとしては、非常に怪しいタイミングである。

 と思ったその翌日16日、早速ルノーから、残り3戦はビルニューブが、ルノーでドライブすることを発表。


 ここまで一方的に解雇されたイメージのトゥルーリであるが、この解雇も、チームからの一方的な通告ではなく、協議の元で決定されたことらしい。

 同じ16日、これまで噂に上がっていたとおり、トゥルーリのトヨタ加入が発表される。
 これで、トゥルーリはルノーの契約から完全に離れ、早速トヨタと合流して来年に向けての作業に入ることができる。
 その16日には、早速トゥルーリは、トヨタのテストへ参加している。


 これらの動きとは別で、F1にとって大きな動きが起こった。
 ジャガーのF1撤退である。

 ジャガーというチーム自体は、スチュワートレーシングを買い取った新興チームであるが、そのバックについているフォードという会社は、これまでF1界に多大な貢献をしてきた企業である。

 特に70年代に登場したDFVエンジンはF1界を席巻し、事実上フォードがF1を支えていたと言っても過言ではない時代もあったのだ。

http://www.y4su0.com/index.cgi?DFV

 そのフォードが撤退する、ということは、F1界にとって非常に大きな出来事である。
 と同時に、フォードですら居続けられないという状況に、このF1という世界が変わってきているとの証でもないだろうか。

2004年9月 9日 (木)

オリビエ・パニス引退

Yahoo!
Crash Net

 ここで特筆したいのは、引退後もチームに留まるということだ。

 通常、F1ドライバーの引退は、本人の意思とは反対のところで決定され、引退後はF1の現場から離れることになる。
 多くの場合、テレビ解説者というのが、日本のプロ野球選手同様、最も有りがちな選択肢である。
 そもそも、現役時代に有り余るほどに稼いでいるわけなので、1年や2年収入が無かったところで何の問題も起こらないのだろうが。

 さて、そんな中、オリビエ・パニスは、トヨタチームに留まりテストドライバーとして活動を継続するとのことだ。
 シーズン中は、トヨタチームと行動を共にし、プロモーション活動にも参加するとのこと。


 F1界においては極めて異例の出来事であるが、合理性を考えると、実はそれほど不思議なことではない。

 まず、テストドライバーとしての活動継続であるが、テストドライブというのは、マシンの挙動に対する技術者へのフィードバックが主な作業である。
 技術知識はもちろん、メカニックとのコミュニケーションを行う語彙力と意思伝達能力、そして冷静さが必要となる。

 ということを考えたとき、むしろF1を引退したドライバーがテストドライバーとなるほうが自然なのではないのだろうか。
 現在の各F1チームが若いドライバーをテストドライバーに起用しているのは、テストドライバーには若いドライバーが良いと思っているからではなく、優秀なドライバーを早いうちから囲っておきたいという狙いがあるからだ。

 そしてもう一つ。
 現役のフランス人F1ドライバーは、パニスだけである。
 ヨーロッパでのシェア向上をF1参戦の目標の一つとして掲げているトヨタにとって、パニスを切り捨てることは、フランスでのイメージダウンに繋がりかねない。
 パニスをトヨタチームの一員として留めておくことは、トヨタにとっても、充分に大きなメリットがあるのだ。

 もちろん、プロのスポーツ選手として、その現場を離れるということは、当人にとってもファンの方々にとっても、喜ばしいことではないのだろうけど。

2004年8月31日 (火)

あの接触

しかし最終コーナーでの接触。
いただけなかったですね。
かなり確信犯的。
良く言えば、1コーナーを捨てて、あそこのヘアピンでのオーバーテイクを狙っていたという方が正しいのでしょうけれど。

もっと頂けなかったのは、これも無理したから膨らんでしまっただけなのかもしれないけど、アウト側に一車身も残さずに当たったこと。

そして最後はタイヤから当ててしまったこと。
そりゃ、あれだけきっちりタイヤで当てれば、相手も飛んでいくでしょうに。

例え、確信犯じゃなかったとしても、ペナルティは甘んじて受けるべき。
でないと、意図的にあういうことができるようになってしまうから。

2004フォーミュラニッポン第6戦MINE

予選、ポールはトレルイエ。実は初ポールだそうだ。意外。
2位はライアン。こちらは今季初めてポールを逃し、4連続ポールで記録はストップ。
3位に本山、いよいよ本調子らしい。

そしてスタート。
5番手の脇阪寿一が好スタート。
ライアン、本山はスタート失敗。

トレルイエ、脇阪、ライアン、井出、本山、金石、松田、片岡、服部、立川、道上、影山の順。
野田英樹と土屋武士はスタートでエンジンストール。
その後方では小暮とロッテラー、PIAAナカジマの同士討ち。共に一周目リタイアとなる。

土屋、道上はフライングでペナルティ。
道上もフロントウィング破損でピットインしており、両者踏んだり蹴ったり。

トップ、トレルイエは独走状態。脇阪は無給油作戦か、その後方が数珠繋ぎになっている。
そんな中、脇阪の後方に連なっていた本山がそれを察知し、9周目にピットイン。
同様に、井出も翌周ピットへ。
そして、井出のピットアウトと同時に本山が1コーナーへ。
接触かどうかは微妙なタイミングだったが、本山は左をダートに落とし、コースアウト。
すぐに復帰するものの、井出が前のポジションをキープ。
しかし、この井出の行為に対して、ドライブスルーペナルティ。順位を落とす。

30周目、トップのトレルイエがピットイン。
そして、トレルイエを追う脇阪のピットも動く。
脇阪はタイヤのみの交換でコースに戻る。

これでトップは、リチャード・ライアンとなる。

40周近くなり、無給油の服部、立川に、ピットイン組みの先頭、トレルイエが追いつく。
41周目に立川を、翌42周服部をオーバーテイクし3位になる。
その後方では、脇阪が追い上げており、44周目に服部を交して4位にポジションアップする。

次の無給油組は金石年弘。
19秒台のトレルイエと20秒台の金石。毎周徐々に差が縮まっている。
そして60周目、1コーナーでトレルイエが、金石をオーバーテイク。2位に上がる。
その金石の後方からは、脇阪が追い上げてきている。

トップは無給油のライアン。
60周目、残り10周の時点での差は約7秒。

そして残り5周。その差は1秒を切る。
インフィールドでトレルイエがライアンに並びかけるが、ライアン抑える。
最終コーナーの立ち上がりからメインストレート、ここではライアンが速く、トレルイエはスリップに入れない。

残り3周、その後方で脇阪が金石をオーバーテイク。
脇阪3位に上がる。

トップ争いは相変わらず。
トレルイエは決して攻撃の手を緩めないが、ライアンもしっかりとポジションキープ。

ファイナルラップの1コーナー。
トレルイエはここで動かず。
ライアンがこのまま優勝かと思ったその後の第1ヘアピン。
強引にインに入ったトレルイエがライアンのマシンを弾き飛ばす!
ライアンは一回転しコースアウト。担架で運ばれる。

トレルイエは、フロントウィングにダメージを受けるものの、そのまま走行。トップでチェッカーを受ける。
しかし、案の定これはレース後に審査を受け、1周減算のペナルティ。
繰上げで、2位でゴールした脇阪が優勝。
2位には無給油トップの金石。
3位にはこちらも無給油の片岡。
4位にはスタート失敗の土屋武士。
5位にペースを上げられなかった本山。
6位に井出有治が入った。

聴きました。

  • レミオロメン: ether「エーテル」 (★★★★)
  • 平井堅: 歌バカ (★★★★★)
  • ORANGE RANGE: NATURAL (★★★)
  • L'Arc〜en〜Ciel: AWAKE (★★★★)
  • スキマスイッチ: 空想クリップ (★★★★)
  • Mr.Children: I love U (★★★★★)
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