2009年8月22日 (土)

富士山2009

8月21日に登ってきました。
富士山はもう5回目になりました。


今回は一人での登山です。
富士山には富士宮、富士吉田、須走という3つのメジャーな登山口があるのですが、富士宮は一番最初(8年ほど前)に登ったきりだったので、今回はこちらから登ってみることにしました。

先週の皇海山同様、前日夜に出発し、翌日朝から登り始める予定だったのですが、先週の反省が活かされることなく11時頃にまた寝てしまいました・・・。
今回は目が覚めたのが2時半頃。
準備の続きやらをしていたら、結局出発は4時過ぎになってしまいました・・・。
誰もいない富士スカイラインを越え、何とか6時過ぎくらいに富士宮5合目登山口に到着。

五合目の風景です。
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睡眠不足気味なので休もうと思ったのですが、峠道を走ってきたこともありなかなか眠れず。
しょうがないので、このまま出発することにしました。

6時55分、富士山富士宮口出発です。

6合目の雲海荘までは15分くらいで到着します。
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6合目からの景色。
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後ろを振り返るとこんな景色が。
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そこから約1時間。新7合目に到着です。
「新」に気をつけなければいけません。7合目はもう一つあるので。

この新7合目からさらに30分ほど登ると「元祖7合目」に到着です。何なんですかね。このネーミング。


途中、ブルドーザーを発見。富士山の各山小屋への資材の運搬はこれで運ばれています。
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このあたりから、坂がキツくなっていきます。
元祖7合目から約45分。8合目に到着です。
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さらに45分間登り続け、9合目に到着。
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このあたりまでくると、缶コーヒーが一本400円になります。


9合目の山小屋は「万年雪荘」でしたが、そこを少し登るとホントに万年雪があります。
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さらに30分ほどで9.5合目。
最後の山小屋「胸突山荘」です。

山頂まであと少し!
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そして11時半。富士山頂に到着です。
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でも、実はまだここは日本で一番高いところではないんです。
日本で一番高い富士山の最高地点(剣が峰といいます)は、ここからさらに15分ほど歩いたところにあります。
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が、寝不足だったのでここで1時間弱ほど仮眠。


そして再び行動開始。
ここがホントの日本最高地点です!
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もう5回目なのでいい加減感動も薄れてますが

そしてここで毎度おなじみの実験があります。
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気圧の変化によるカロリーメイトのふくらみ具合の確認。
今回は、大塚製薬商品として大ヒット中のSOYJOYも加わりました。


高所恐怖症のため、今まで見たことのなかった富士山測候所展望台からの景色です
勇気を振り絞って見てみました。

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ちなみに左下では工事のオジサンたちが働いています。

飛行機からの風景みたいですね
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下をのぞいてみます。
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下山開始です。
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9.5合目あたりから雨が降ってきます・・・。
もう写真を撮る余力もなく、5合目に到着してしまいました。
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麓に降りると一面霧だらけでした。周りを走っている車はほとんどいないのですが、さすがに怖かったです。

この後は、御殿場市の御胎内温泉にたっぷりとつかってきました。
キレイでいいんですけどね。結構高いんですよ。今日は金曜日だったので800円でしたが、土日は大人1300円です。

霧は全く晴れません。
御殿場市街に入ってようやく霧が晴れてきました。
吉野家でハラミ定食を食して高速で帰京します。


富士山はしばらくいいです。
(とかいいつつ2~3年したら登ってしまいそうですが)

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2009年8月15日 (土)

皇海山(すかいさん)登山

皇海山に登ってきました。
「すかいさん」と読みます。
群馬県と栃木県の県境にある山です。

来週、富士山に登る予定なので、その最終トレーニング代わりです。

なので、前日夜に出発。夜中のうちに到着して早朝から登ろう。
・・・と思っていたのですが。
夜中に準備をしているうちについつい眠たくなってしまい・・・気がついたら朝の5時過ぎ。
あわてて準備し直して、シャワーも浴びて6時過ぎくらいに出発です。

関越に乗って群馬県の沼田ICで降りて、尾瀬の方に向かい吹割の滝のあたりを皇海山に向かう細い道に入っていきいます。

ここからの道が驚愕です。
20km以上に渡る車1台分の道幅しかない砂利道。
ちなみに20kmって、山手線半周以上です。

車は跳ねるは、床下に石はボコボコぶつかってるは。
若干リアが滑ってドリフト気味になります。でも道を外れると崖下に転落です。
短い直線でも40km/hが限界です。それ以上のスピードは出せません。

そんな道を1時間近く延々走り続けてようやく登山口に到着します。この時点で少し疲れている気がします

今回の登山、想定外だったのが虫。
1日経ちましたが、未だに目の前を虫が飛んでいるイメージが離れません。
蜂も結構多くてですね、結果的に刺されなかったんで良かったですが。


さて登山開始です。
登山道に入っていくと、早々に小川を超えていく場面に当たります。

こんなのが通常ルートでは雨なんかで増水していたら登れません。
しかし実際にはこんな場面が前半は何度も続きます。
見た目的にはキレイなんですが。
靴は、登山用の防水加工されたものじゃないと結構大変かもしれません。

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こんなところを登っていきます。
もちろんロープを伝っていくわけですが。
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沢を越えると、尾根に向かう急坂に入ります。
谷から登り始める山は、この谷から尾根への登りが一番つらいです。
しかも、道を間違えてしまったらしく、笹藪を超えながら登っていくことになってしまいました。


ようやく尾根線に出て、1時間弱で頂上なのですが途中でアクシデントが。
最近よくあるんですが、登りの終盤になると足があがらなくなってきて、段差につまづいて転倒してしまうんです。

今回も案の定・・・
しかもデジカメをケースに入れずに持っていたので・・・しかしデジカメは無傷で済みました。

しかししかし。
実はこのときにケータイが・・・
そんな事態に気づくのは、下山し終わって近くの温泉で着替えているときでした。


ほぼ予定通り、12時過ぎに頂上へ。
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残念ながら木がたくさん生えているため、周りの景色はあまり見えません。
ここでお昼ご飯なのですが、ここでも相変わらずの大量の虫たちが。
とにかくハエと蜂。

しかもこの日、黒いTシャツ着てきてしまったんですよね。
(蜂は黒いものに寄って来る習性があるらしいです)
20分ほど休憩しましたが、耐えきれないので早々に下山開始です。


道中、沢を下っていると30mほど下流の方で黒い物体が横切りました。
続けて同じものが。
よくよくみると猿でした。親子みたいです。
さらにはもう一匹。

写真撮ろうと思ったのですが、あっという間に林の中に消えてしまいました。


さらに下っていき、ちょっと大きめの岩を越えていくところがあったのですが、岩の上に立って下を見ると結構大きな鹿が!
慌てて写真を撮ろうとしたのですが、ケースから取り出したくらいで鹿に気づかれ、驚いた鹿さんはひとっ飛び。
カメラの電源を入れた頃にはもう10m以上遠くへ・・・。
カメラを構えた頃には遙か遠くで点になっていました・・・速い・・・


野生の猿とか鹿とか、初めて見ましたよ。
熊じゃなくて良かったです・・・。


14:45頃、無事下山。
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ここから再び例の砂利道を車で走ります。

そして吹割温泉へ。安くて結構ボロでした。
露天風呂とか、外から見えそうなんですが・・・


さて。ここで頂上手前でのトラブルの結果に気づきます。

なんとケータイが変形しているではないですか。
この時点では電源も入らない状態でした。
折りたたみ式なのですが、上と下の接続部分が変形しているようなので、ここを無理矢理元の状態に近い感じに戻します。
何とか電源が入るようになりました。
でも・・・表示がおかしいです・・・。
まぁ動いているので良しとしましょう。


さらにケータイに続く第二弾の衝撃が。
あの砂利道での走行で、石をかなり激しくぶつけてしまったらしく・・・左フロントのサイドスカート部分が変形しちゃってました。
がっくしです。


とりあえず給油と、あと砂利道で泥だらけになってしまったので軽く洗車します。


このまま高速に乗って東京に戻りたいところですが、さすがにこの日は高速大渋滞。
18時くらいで時点で25km渋滞しているらしいです。この時期なので、まだまだ続くでしょう。
ということで、渋川市まで移動してカラオケで時間をつぶしてから、22時頃、渋川を出発。
この時間になっても渋滞は解消されておらず、家に着いたのは日付が変わった1時半でした。
さすがに日記を書く気力もなく寝てしまいましたよ。

さて。来週は富士山登ってきます。
天気が悪くなければ

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2009年7月19日 (日)

金峰山(きんぷさん・きんぽうざん)登山

金峰山(きんぷさん・きんぽうざん)に登ってきました。
山梨県と長野県の県境にある山です。

朝は、ちょっと遅めに7時出発。
そして中央自動車道に乗ったのですが・・・!

ナント渋滞30km


お盆や連休の上りだったら何度も見た数字ですが、下り線でこんな数字は初めてです。
そうか。ETC割引で、夏休みで、3連休だった・・・

山梨まで、いつもは1時間少々のルートに4時間・・・!
高速を降りた時点で11時ですよ。
そこから山道をかっ飛ばして、大弛峠の登山口に到着したのが・・・12時10分。
準備とかして登山開始が12時20分。
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予定では登り3時間。下り2時間半。計5時間半。このままでは降りてきたら6時ですよ。日没してしまいます・・!
天候は雨。
小雨ではありますが、足元はぬかるみまくってます。

今回は、先日購入したNIKON Coolpix S620のデビューでもありますし。
もうちょっと良いコンディションで迎えたかったです。

とりあえず、15時になったら頂上についてなくてもその時点で撤退というルールを決めて登り始めます。


登山口の大弛峠は既に2300m以上の場所にあり、そこから朝日岳・鉄山という二つの山を経由して金峰山に至ります。
朝日岳は2579m、金峰山は2599m。
実は標高では250mほどしかないのですが、上ったり下ったりの連続なので、そんなに楽ではありません。
しかも空気が薄いです。

天気の方は相変わらず悪く、すっかり雲の中です。
おかげで雨には当たりませんでしたけど。
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途中のガレ場。
こんなところで雷が落ちだしたら即死です;
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ま、なんだかんだ言いつつも、2時間で頂上に着きました。
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いつも頼りにしているガイドブックでは2時間半ということだったので、まあいいペースでした。

2500m付近になると森林限界と言いまして木々が生えなくなってくるのですが、そのせいで強風が直撃。
帽子が飛びそうです。寒いです。
頂上では、写真撮って、MAXコーヒー飲んで、カロリーメイトを食べて。10分くらいで早々に撤退です。


以降坦々と下山。
下山と言いつつも、全然下っている感じがしないのがこの山の特徴です。

登りで飛ばし過ぎたせいか、早くもヒザがやばくなってきたのでペースダウンします。
2時間で登りましたが、下りも同じくらいの時間になるでしょう。

その後、上記写真のガレ場まで戻ってあたりから天候が急回復。
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登りの時の写真と見比べてみてください。
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かなりゆっくり降りて、2時間以上かけて登山口に帰還しました。


帰りは花かげ温泉という市営の温泉につかって、石和温泉の小作で冷やしほうとうを食べてから帰京しました。

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2006年11月11日 (土)

瑞牆山


 会社の人たちといってきました。
 もう11月です。
 しかも、今回は総勢11人の大所帯で、しかもしかも、半数が登山初心者。

 更には天候が微妙。
 とりあえず、雨が降っているのは間違いないのですが(^^;)

 土砂降りなら速攻で終了決定なのですが、微妙な雨加減。
 山にやんじゃったりして。

 そんな中、登ってきました。


 まず、登りはじめから間違っていました。
 いつもどおり、予定より1時間以上遅れての登山開始。
 しかも、早々にルートを間違えたらしく、崖を登る羽目に。

 初心者が多いので、簡単な山を、と選んでもらった山だったのですが、予想以上に難易度高し。
 鎖場はたくさんあるし。
 途中、初心者の新人君が具合悪くなったり・・・。
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 時折見える山頂は、切り立った岩場の上にあり、本当にこのメンバーで、この状況下で登れるのかよ!といった感じです。

 しかしまぁ、結局登れてしまうのがまた登山だったりします。
 午後1時50分頃に無事登頂。
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 予定より1時間以上遅れてます。
 しかも、そこから”しゃぶしゃぶ”開始。
 先日、一緒に富士山に登った後輩君が、仕込みから何から全部やってくれたので、楽は楽だったのですが時間が・・・。

 この間、雲の中にあった山頂部から、どんどん雲が晴れていって、素晴らしい景色に!
 と思ったら、お隣の金峰山山頂は真っ白に。
 瑞牆山と金峰山と、どちらにしようか迷っていたのだけど、瑞牆山にしておいて良かったです。
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 皆さんでしゃぶしゃぶをおいしくいただき終わった頃には既に時刻は午後3時。

 そこからは慌てて下山。
 しかし、それで早く降りられるかというとそんなわけはなく、中腹くらいに着いた時点で日没を迎える。
 そこからは、暗闇の中、何とか下山。
 最後の方は、林道があったので道に迷うこともなく。ふぅ。

 その後は、温泉に入って、小作でほうとうを食べて。
 今年3回目のほうとうです。

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2006年10月 9日 (月)

果物の季節

山梨に行ってきました。
ぶどう狩りのシーズンなんですが、ネットでいろいろ調べてみると、予約が必要そうな記述がいっぱい。
それを知ったのが当日の出発前。
そんなん知らんがな。
とりあえず、行き当たりばったり覚悟で出発。

途中、ガソリンが少なめなのはわかっていたけど、まぁ山梨までは行けるだろうとタカをくくっていたのですが、高速に乗る前に予想外の渋滞。
そして。。。

高速道路に乗った瞬間に、ガソリン残量警告ランプが点灯・・・!

もう山梨に着くまで給油可能なSAは無いし・・・ひたすら低燃費走行しかない・・・!
ということで、高速道路の左車線を80km/hで安全運転。うーん、こんなのはじめてだよ。

ちんたらと走り、何とかギリギリで山梨に到着。
最寄のGSで給油し、何とかホッと一息。

それから笛吹川のフルーツ公園に行ってきました。
とても眺めが良いです。

もう10月だったんですけど、とても晴れていて、ちょっと暑いくらいでした。

夕方には、勝沼ぶどうの丘へ。
こちらは夕焼けから夜景に移り変わってゆく景色がとてもキレイでした。

ちなみにぶどう狩りは、どこでもやっていって別に予約とかは不要だと思います。
ただ、人気のある特定の果樹園でぶどう狩りをしようと思うと、予約が必要かもしれません。

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2006年9月18日 (月)

仙台旅行(5)~瑞鳳殿~

こちらも仙台に5年半近くも住んでいながら(しかも自転車で10分くらいの近所だったのに!)、一度も行かなかった瑞鳳殿。

こちらは、伊達政宗・忠宗・綱宗の伊達家三代の廟所。

非常に煌びやかな建物なんだけど、これは1974年(昭和49年、私が生まれた年だ)に再建が開始され、5年の月日と8億円の巨費が投じられて再建されたもの。
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この再建作業を解説するビデオが上映されていたのだけど、この瑞鳳殿、再建される以前に、何故無くなってしまったのかというと、1945年の空襲で焼失してしまったとのこと。

今年、各地で城郭・史跡を見ているけれども、本当に第二次世界大戦で焼失している建物が多い。
こんなところでも、戦争なんかしちゃいけないのだと、短絡的ながらも思い知らされる。

更に驚きだったのは、この再建作業の中で、伊達政宗、忠宗、綱宗の遺骨を掘り出していること。
その骨を元に復元された伊達家三代の像は非常に興味深い。
(もちろんその後、遺骨は元に戻されている)

ちなみにこの日、第二代忠宗の「感仙殿」と第三代綱宗の「善応殿」は、改修中のため観覧できず。
2007年4月まで工事が続くそうです。

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仙台旅行(4)仙台市立博物館~伊達政宗について~

学生時代から社会人2年生くらいまで仙台に住んでいたのに、一度も来たことが無かった仙台市立博物館。
入ってみると、意外に人がいる。

石器時代から江戸時代までの、仙台地方に関わる様々な資料が陳列されている。

時代順に追っていくと、まず石器時代。
東北地方の石器時代といってまず思い出されてしまうのは、毎日新聞のスクープで一躍有名になってしまった旧石器時代の遺跡捏造事件。
このあたりの資料も、あの事件で一斉に修正したんだろうな、と思いながら通り過ぎる。
ちなみに現時点では、あの捏造事件には一切触れられていない(別にいいのだけど)。

その後は、伊達家の興りから南北朝時代から戦国時代にかけての流れについて簡単に展示されている。

ここでミニ知識。

伊達家は、元々仙台を地盤にしていたわけではない。
出自は福島県伊達郡であり、戦国時代になり、始めて米沢に移り、そこから領土を拡張していき、仙台を本拠とするのは江戸時代に入ってから。
戦国時代の伊達政宗は、本拠を岩出山城(現在の宮城県玉造郡)に置いていた。
・・・というのを、ここで始めて知った。仙台に住んでいた頃に見て置けばよかった。

あと、伊達政宗は二人います。
世間一般で有名な独眼竜伊達政宗は17代目。
しかし伊達家9代目の当主も伊達政宗。
これは、小学校の頃の修学旅行で、北海道伊達市の伊達市開拓記念館で、伊達家の系図を見たときに知っていた。
この9代目の伊達政宗は、南北朝時代に活躍した武将であり、17代目が政宗を名乗ったのも「9代目にあやかって」といういきさつだったように記憶している(確かNHKの大河ドラマ「独眼竜政宗」でそんな台詞があったような・・・)。

そしてもう一つ始めて知ったのは江戸時代に入ってからの「伊達騒動」。
明治維新まで続いた家でも、その間いろいろ起こっているもの、という漠然としたイメージはあるものの、伊達家でも起こっていたのか、やはり。
しかし、結果的に何故取り潰されなかったのかは不明のまま。

伊達家の系図を見ながらふと思ったのだけど、伊達家では「村」の字が入る当主が4代目から8代目まで続く(綱村、吉村、宗村、重村、斉村)。
同時に、伊達家は、真田家との縁が非常に深い(大阪夏の陣の後、幸村の娘たちを引き取って、重臣の妻に迎えている)。
かの有名な「真田幸村」という名前は歴史上存在しないのだが(「真田信繁」が正しい)、「幸村」となった由縁には、そんな伊達家との繋がりがあるのかもと思ってみたり。

よくよく考えてみると、伊達政宗が生まれたのは1567年。この年は織田信長がようやく美濃の国を手に入れ、天下統一への第一歩を踏み出した年。
そして元服し、初陣を遂げる1582年はというと、本能寺で織田信長が亡くなる年。ここで15歳。
摺上原の戦いで芦名氏に勝ち、東北の覇者としてのポジションを決定付けたのが1588年。21歳。

しかし、その2年後、これまでの急成長を一変させる事態が起こる。

1590年、豊臣秀吉が小田原城を攻め天下を統一する。
このとき23歳の伊達政宗は、厳しい決断を迫られ、そして己の野心をすべて捨て去ることを決心せざるを得なくなる。

・・・23歳。

彼は一体どんな気持ちで、自分の昂ぶる気持ちを抑えきったのだろう。
そして、江戸時代を迎え、明治維新まで続く家とするために、どんな気持ちで様々な決断を下していったのだろう。

伊達政宗が残した有名な漢詩があります。

 馬上少年過
 時平白髪多
 残躯天所許
 不楽復如何

漢詩は苦手なので下記のサイトを参考にしてください(^^;
www.geocities.co.jp/Milkyway-Orion/8196/bajou.htm

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2006年9月17日 (日)

仙台旅行(3)フォーミュラニッポン2006第7戦SUGO決勝

2日目。

朝7:30にホテルを出発。
8:30にはスポーツランドSUGOに到着。

この時点で雨は降っていないものの、天気予報によると降水確率は70%。
空を見上げてみても、いつ雨が降り出してもおかしくない状態。

朝のフリー走行は、昨日の失敗のリベンジのため最終コーナーへ。
あまり上手くいかず。
20060917fnq2_tsuchiya_1

その後は、サーキット内をぶらぶら。
久しぶりのSUGOを堪能・・・と思っていたら、いよいよ雨が降ってきたので、車に戻る。
車での観戦は、こういう場合に便利。

F3の決勝が始まる頃に再びコースに戻る。
今度は、サーキット内の無料周遊バスで1コーナー~グランドスタンドを見て回る。
この頃、雨が非常に強く、観戦どころではない。
しかもここ数年、F3の方はめっきり関心を失っていたので、どの車に誰が乗っているのかさっぱりわからず。。。

グラスタでは昔の知人を見つけるも、全くこちらに気付いてくれないのでそのまま。

そして、フォーミュラニッポンのコースイン(サイティングラップ)をSPのIN側から観戦&写真を撮る。
こんな感じ。こちらもイマイチ。
20060917fns_tru_1

そして決勝は、スタートが重要になると思ったので、再びグランドスタンドに移動。

スタートは、ポールポジションの小暮が出遅れる。
二番手スタートの松田も出遅れ、トップに立ったのは金石年弘。
それに、NAKAJIMAのロイック・デュバル、インパルのブノワ・トレルイエが続く。
昨日、エンジン交換を行ってしまい10番手降格となった本山は13番手をキープしたまま。

この時点では雨はほとんど上がっていたものの、路面は完全にウェット。
激しく上がるウォータースクリーンで、各車の間隔がある程度落ち着くまで仕掛けるに仕掛けられない状態が続いている。

そんな中、いち早くオーバーテイクを見せてくれたのは本山。
片岡、ビルドハイム、井出と続々オーバーテイクしていく。

オーバーテイクの難しいコース状況と、徐々に乾いていく路面。
そんな中、いち早くピットに入ったのは、TOM'Sのアンドレ・ロッテラー。
この時点ではまだ1'23~24秒台のラップだったが、早めのピットイン。
これを見て数台の車がピットインするが、先陣を切ったロッテラーがスピンアウト。リタイア。

※尚、このロッテラーのリタイアが原因で、数台のマシンがペナルティを受け、挙句の果てに、小暮が失格になるという事態に至ったようだが、現場では全く把握できず。

今回のレースは、全車、ピットインが早かったような気がする。
事実、ピットインを遅らせた立川祐路は、一足早くスリックに替えた本山の前で戻り、数周に渡って本山を抑えつづけた。

もう一人、ピットインで好結果に繋げたのがロイック・デュバル。
3番手のトレルイエとのピットインのタイミングはギリギリだったが、前で戻り、更には後でピットに入った金石が、デュバルの前で戻る。
しかし、タイヤが温まっていない金石は、デュバルの猛追に耐えようとしたものの、コースアウト。リタイア。

そして残るは、ピットインを遅らせ先行していた松田。
こちらも金石同様、タイヤが温まっておらず、デュバルの先行を許してしまう。これでデュバルがトップ。

一方、後方で激しい争いを繰り広げていたのが、クインタレッリと本山。
ラップタイムを激しく変動させながらのバトルが続くが、最終的にはクインタレッリが最後までポジションを守り抜き4位でフィニッシュ。

結果は、
優勝:ロイック・デュバル(NAKAJIMA)
2位:ブノワ・トレルイエ(mobilecast IMPUL)
3位:松田次生(mobilecast IMPUL)
4位:ロニー・クインタレッリ(INGING)
5位:本山哲(artig IMPUL)
6位:ビヨン・ビルドハイム(DANDELION)

これで、7戦目にして、mobilecast IMPULの年間チームチャンピオンが決定。
同時に、チャンピオン候補最右翼と目されていた本山哲は、5位に終わったため、今年のチャンピオンの可能性が無くなった。

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2006年9月16日 (土)

仙台旅行(2)白石城

フォーミュラニッポンの観戦が終わって、ホテルのある白石市に入った時点で夕方の5時ちょっと前くらい。
外から建物を覗くくらいならできるだろうと思い、白石城に向かう。

天守は既に閉館していたが、城の外観は眺められた。

ちなみに、白石城は、伊達政宗の右腕と呼ばれた片倉景綱(小十郎)が建てたお城。
この子孫は明治維新後は北海道に移住。
本家は、現在の伊達市を作り、片倉家家臣が中心となって開拓したのが現在の札幌市白石区。

そんな白石城の写真はこんな感じ(復元城)
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既に17:30近くなっていて、かなり暗くなっているので、写真の方もかなり暗くなっていて、写りがイマイチ。

お城の周りをぐるっと一周してスタート地点に戻り、そのまま撤収。
滞在時間、約30分でした。短っ!

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仙台旅行(1)フォーミュラニッポン2006第7戦SUGO予選

今回の日程は以下のとおり。
9月16日(土)
 朝:東京出発
 昼:仙台(スポーツランドSUGO)到着。フォーミュラニッポン予選観戦
 夜:ホテル(パレスリゾート白石蔵王)

9月17日(日)
 終日フォーミュラニッポン決勝観戦

9月18日(月)
 仙台市内観光(仙台市立博物館~瑞鳳殿)

16日の午前6時。東京を出発。
9月の連休だけあって、首都高に入るなり渋滞。
カーナビは下道を走ることを指示していたのだけど、それに反してのこの結果。
(しかし、ウチのカーナビには渋滞予測などの高機能はついていない)

何とか川口ICを越え、東北自動車道に入るものの渋滞は相変わらず。
あまりのスローペースに眠気が抑えられなくなり、佐野SAで給油も含めて休憩。

再び東北道に戻るものの、渋滞は相変わらず。
再び眠たくなり、次の大河内SAにも入ってしまう。
このペースでは、11:10から始まる予選に間に合わない・・・。

しかし、那須を過ぎたあたりから渋滞が緩和され、ようやく自分のペースで走れるようになる。
そして11:15。ようやくスポーツランドSUGOに到着。
何とか1回目の予選から見れるかも。
と、思ったのもつかの間。
そういえば、チケットを買っていなかった。
当日券は予選日と決勝日は別々で、計7,500円になるとのこと。

その場でチケットを購入し、何とか入り口に近い最終コーナーへ。
そしてカメラスタンバイ。

しかし。
「電池がありません」
カメラには無情な表示が・・・。

何とか10枚ほどの写真を撮るが、結論から言うと全部失敗。

その後は、再び車に戻り、インバーターを使用して充電。。。
何とか7割方充電完了。

予選2回目の時間になると、雨がぽつぽつと降ってきた。

数年前の改修で新しくなったウィナーズサロンで昼食を摂るが、この間もやはり雨が降り続いている。
今年のフォーミュラニッポンは本当に雨が多い。

予選2回目が始まると、雨脚は更に強まりルマンの高木虎之介、片岡龍也が数周した以外は誰も出てこない。
このまま終わっちゃうのかと思っていたところ、レインセッティングへの変更が終わったのか、各車続々とコースイン。

最後は、クインタレッリがスピンアウトしてコース上を塞いでしまったので、赤旗が出て終了。
(レースで、赤い旗が出るときは何らかの理由で、そのセッションが終了することを指す)

写真をとるのに精一杯で順位や経過などについてはあまりきちんと見ていなかったが、気になったのは2点。
一つは、予選一回目の最終コーナーでステアリングを修正しながらクリアしていたPIAA NAKAJIMAの2台が、セッションの終盤にはきっちりセッティングを決めてきたこと。
さすがトップチームというのと、僅か数十分のセッションの間で、ここまで修正できるものなんだと感心。

もう一点は本山のアタック。
事実上、1回しかアタックのチャンスがなかったのにもかかわらず、3番手のタイム。さすが。

予選終了後は、次の企みがあったので、早々にサーキットを後にした。

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